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 メロンの起源は

 メロンの原産地は西・北アフリカ、東アジア、中近東など諸説があり、各地のメロンが混ざり合って現在の品種になっているともいわれます。メロンの歴史は古く、古代エジプトでも栽培され、日本では弥生時代の土器と共に種子が出土しており、「日本書紀」の推古天皇時代の記述にも載っています。
  そのころの日本のメロンは、ネットのないマクワウリ型のもので、ネット型メロンが栽培されるのは明治時代になってのこととされています。


 メロンの名前の由来

 動植物には、万国共通の名前ともいえる「学名」というものが付けられています。
 メロンの学名はCucumis melo(ククミス・メロ、Cucumisは中空、meloはリンゴの意味)といい、リンゴのようなウリを意味します。このmeloが、そのままメロンとなったようです。
  県内で栽培される主なメロンは、青肉系の「アンデス」、「オトメ」、「タカミ」や,1株に1個だけ着果させる「アールス系メロン」,赤肉系の「クインシー」,「ルピアレッド」,ノーネット系の「プリンス」,「キンショー」,「ホームラン」などです。
 アンデスは、作って安心,食べて安心の「アンシンデス」を縮めたもので、オトメは開発者の頭文字(Oshima-Takii-Meron)から,タカミはその味の「貴味」から,アールスは「マスクメロン」とも呼ばれますが、これは香り(ムスク)の良いメロンから付けられた名前です。
 他にも,クインシーは果物の女王のクイーンと健康に良いヘルシーを合わせたもの,プリンスは開発時期の皇太子のご成婚を記念してなど,それぞれにふさわしい名前が付けられています。


 メロンの栄養

 メロンは果物の中でも糖度が高く、すぐにエネルギーとなること等から、よくお見舞いの品に使われます。
  また、血圧降下作用が期待されるγ-アミノ酪酸(ギャバ)や高血圧の予防効果があるといわれるカリウムが含まれ、さらに、赤肉系メロンには、抗酸化作用のあるカロチノイドが豊富に含まれています。


 メロンの食べ頃

 メロンは、温度や品種、好みにもよりますが、とれたてよりも収穫して数日してからの方が美味しく食べられます。一般には、皮がやや柔らかくなってきてからが食べ頃で、食べる前に2〜3時間冷蔵庫で冷やすと、より美味しく食べられます。


 いばらきメロンの発展

 茨城県での現在のメロンの作付けは、太平洋側の鉾田市と茨城町、県西部の八千代町で全体の作付け面積の約80%を占めます。
 古くからマクワウリ栽培が行われてきましたが,昭和37年に八千代町、38年に旭村(現鉾田市旭地区)でプリンスメロンが導入されたのを機に、本県のメロンは発展しました。
 八千代町は畑作地帯で、当時はスイカ+ハクサイの産地となっており、スイカの急性萎凋症の発生に伴い、プリンスメロンに切り替えられていったとされています。
 鉾田地域も軽い土壌の火山灰畑作地帯で、かんしょや麦に、大根、スイカ、人参などの露地野菜を導入し、収益拡大を図っているところでした。
 いばらきのプリンスメロンは京浜市場で高く評価され、収益性が良かったことや、水はけの良い畑地帯に適合したことから、瞬く間に面積を拡大しました。
 冬の本県太平洋岸は日照に恵まれ、気候も温暖なこともメロン栽培には有利でした。
 導入から10年後の昭和47年には、現鉾田市域で350ha、八千代で90ha、県内全体ではで1130haのメロンが作付けられていますが、殆どはプリンスメロンでした。
 さらに県全体での露地メロンの作付けは、昭和52年には2000ha、昭和62年には3000haと経済の成長に合わせるように順調に拡大しましたが、3000haをピークに平成に入ってからは面積を減らしています。

 ネット系メロンの試作が始まったのが昭和53年頃でした。その後50年代後半にはプリンスからアンデスやアムスメロンに主力は移り、平成に入って赤肉系のクインシーが伸びてきました。現在では、県内の品種構成は、アンデス4:クインシー3:タカミ1:オトメ1:その他1となっています。